〈わたし〉は、どこからきて、どこへ向かうのだろう。いつ、誰と、どのように出会い、どこに、どのように、すみかをつくり、すまうのだろう。
〈わたし〉はわたしでしかないのだが、その〈わたし〉をあらためてどんな奴かと捕まえてみようとすると、意外に自分のことを知らない自分に気づく。
〈わたし〉にはわたしのなわばりがあり、愛するものとそこに居る。そこで〈わたし〉は、さまざまな関係性を模索しながら、小さな革命を繰り返し、大きな転機を幾たびか経ながら、時に過去の自分から未来の自分へと跳躍する。
〈わたし〉はただのわたしではない。わたしたちがつくりだした道具、家、そして環境に包まれ、文化の中に生き、そしてどこか自分たちのつくりだした文化の持つクセに縛られている。
わたしたちはいま、自分の意志で生き方のスタイルを決め、環境をつくり、人生を選ぶことのできる時代にいる。わたしは〈わたし〉になってゆく。
「人は見るものしか見ないし、見るものはすでに心の中にあるものばかりだ。」
アルフォンス・ベルティヨン