わたしたちはただ大きくなるだけではない。年と共に外観を変え、考え方を変え、生活を変え、昨日とは違う人間になることもある。わたしたちは、人生のなかでものの見方を変えてゆく。小さな革命を繰り返し、ときに過去の自分から跳躍する。人には、蝶のような「変態」はない。けれどもわたしたちは生きる空間までも大きく変えてしまうような、私的な革命を生きている。
 転機とは、過去と断絶する変化である。それは、クーンの言うパラダイムの転換に似ている。パラダイムとは、特定のものの見方、認識したものから問題を見つける方法であり、問題を解く方法である。思考の前提であり、認識のクセのようなものだ。一般に信じられているような連続した進歩では、ヒトの思考の進化や科学の歴史は説明できない。それは進歩ではなく、革命なのだ。
 なにげなく当たり前の人生、その流れのなかにも、転機は織り込まれている。幼児から成長してゆくに従い、五感によって認識される周りの環境は様相を変える。自らの成長は、まわりの世界の変容と共にある。だから人生の転機には、生きる空間、住む環境の転換を伴う。
 わたしたちの成長とは、なだらかに少しずつ変わっていくことではない。「いま」とは異なる、もうひとつのわたしの空間を生き直すことである。



「人生は、年齢によって七幕に分かれているのだ。」
         シェイクスピア『お気に召すまま』




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ノウハウでない住いづくり
□ 成長について。